思案




リーマスはチェスの駒をひとつ進めながら、 横目でチラリと向こう側のソファに座っている二人を見た。ひどく真面目な顔をして何かを話しているようだ。


─私は声かなー。
─声?あー、わかるかも。でも髪も捨てがたいよ。
─うんうん、確かに。あ!それに手!


はっきり聞き取れはしないものの、髪だの手だの、体のパーツを口にしているのが耳に入る。


「おい、リーマス。次お前の番。」
「あ、ごめんごめん。」


思わず向こうの会話を聞こうと集中しすぎていたリーマスは、 シリウス相手にチェスをしていたことをうっかり忘れてしまっていた。 目の前の男は気だるそうに椅子にもたれかかりながら彼をじっと見ていた。

「気にすんなって。あいつらが真面目な顔してる時ってのは大概下らない話してる時だ。」
「別に気にしてるわけじゃないよ。」

─どーだか。

そんな視線でリーマスを一瞥した後、シリウスはまたチェス盤に真剣な眼差しを注ぎ込んだ。 リーマスの動かした一手がなかなか面白いものだったからだ。




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「なんで手なの?」

眼鏡の奥で光る目がしっかりとを捕らえた。 一方は相変わらずソファに膝を立てて手問題を繰り返していた。

「なんでって。だってどう考えたって男らしいじゃない。」

ほら、あの骨ばってるところとか、案外大きいところとか。
そう言って、膝上で組まれた自分の手に視線を走らせる。 ジェームズは自らの手との手を見比べてみた。 確かに彼女の手は小さく、すらりと伸びてしなやかだ。


「ふーん、そういうところに男らしさ感じてるんだ。」
「まぁね。ジェームズは髪に女らしさを?」
「そうかな。でも一番は仕種だよ。こんな風な。」


ジェームズは得意そうに上目遣いでを見つめた。 しかしその行為は虚しくもに伝わることなく、 彼女は盛大に眉をひそめて、あっさり斬った。

「気持ち悪い。」

そう言われた彼は一瞬残念そうに笑ったが、 気付かれないようにあえてすまし顔を作った。


「ひどいなー。精一杯のの真似だったのに。」
「冗談。私そんな顔してジェームズのこと見たことない。」
「誰も僕を見てる時だなんて言ってないじゃないか。」


ジェームズは意味あり気にチェス盤に向き合っている二人に視線を向けた。 その意図に気付いた彼女は、思わず頬を赤く染める。

「そうそう、そういうところとかも、可愛いって思うよ。」

整った綺麗な顔の彼は、慣れた手つきでの髪を掬い取ってそれに口付けた。 の目に映った彼の不敵な笑みの向こう側には、密かな思案が覗いていた。

しかし彼女はそれに気付かない。


「リリーが焼きもちやいても知らないから。」
「別にいいよ。」


ジェームズは再びソファ越しに向こう側を見た。 鳶色の髪がふわり舞って、視線がかち合った。 チェスをしている最中にしては あからさまに不自然な表情をしてこちらを見ている。 それに満足したジェームズは、またふっと笑ってに向き合った。


「それにリリーはまだ名前で呼ばせてくれないしね。焼きもちをやいてくれるなら本望だ。」
「あら、そう。」
「っていうか、はやくくっつけばいいのに。」


はぁ?
短く言葉を発したの眉間に軽く皺が寄る。 視線を手に向けていたは思わずジェームズを見上げた。 一体何のことを言っているのかわからなかった。


「いや、こっちの話さ。気付かない程、ってことだよ。」
「余計意味わかんない。」


─わからなくていいよ。
ジェームズはそう言ってまたの髪を触り始めた。

されるがままの彼女は内心やきもきしていた。 髪を触られるのは嫌ではないけれど、相手がジェームズなのが問題だ。 リリーだって別にジェームズのことを嫌ってるわけじゃない。 あれは愛情の裏返しなんだって、どうして気付かないんだろう。 つまり、今の状況はやっぱりリリーが焼きもちをやく対象になってしまう。 親友に妬かれるのは、正直辛い。


憂い顔のに気付いたのか、ジェームズは彼女の黒髪からパッと手を離し、 わざとらしく足を組みなおした。


「ごめん、確かめたかったんだ。」
「…何を?」
「それは秘密。」
「ジェームズって秘密主義。ずるい。」


の機嫌を損ねてしまったことを悪く思いながらも、 ジェームズはかなり満足していた。

─お互いの気持ちに気付かない程、想い合ってるってのは羨ましいね。

そう思う彼の羨望の眼差しは相変わらずに向けられている。 彼女が機嫌を損ねることさえすべて計算ずくの彼は、 ローブの内ポケットにしっかりと彼女の機嫌が直るだけのあるものを忍び込ませてあった。 どうやらそれを使う時がきたようだ。


「まぁまぁ、そんな怒らないでよ。これあげるから。」


差し出された紙切れには目を丸くした。 そしてそれが何かを理解した途端、彼女の顔に輝きが広がった。


「ウソ!信じられない!どうしてジェームズが?!」


その反応を見て、ほっと安心した彼は、さりげなく声を大きくして言った。


「わざわざマグル界まで行って買ってきたんだよ。君のために。」
「正直にリリーのためって言ってもいいのよ。」


悪戯っぽく笑いながらそう言った彼女は、 二枚の紙切れを頭上にかざし、うっとりと見つめながら満足そうにうんうんと頷いている。


「まぁ本心はそうだけど、でも今はのためだよ。」



─ありがとう。
喜色満面といった表情でジェームズに向かって微笑んだは 大事そうに二枚の紙切れを制服のポケットにしまった。 そして嬉々として彼に話しかける。


「見たかったんだー。この映画。でもよくチケット取れたね。すごい人気あるのに。」
「僕に不可能はないんだよ。」
「天才!ジェームズ様!」


そうこなくっちゃね。彼は目を細めて、隣で嬉しそうにはしゃぐを見つめた。
何度見ても飽きない、次々に変わる表情。傍にいて覚える安心感に、彼女独特の柔らかい雰囲気。 きっと彼はのそんなところに惚れたんだろうなー、と思いつつ 三度目の視線をチェスに熱中している二人のほうへ向けると、 やはりまたリーマスと目が合った。ジェームズはそれが楽しくて楽しくて仕方なかった。 にやにやと口元が緩むのを隠せない彼は、が隣で訝しげに見ていることにもお構いなく、 軽く声を出して笑ってしまった。




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「チェックメイト。」
「あー!」

シリウスがくそー、と言いながらうな垂れ、リーマスは勝負あったな、と得意顔をしている。 どうやらなかなか白熱した戦いだったようだ。


「おーい、君達!こっちに来てお茶でもしないか?」


そう呼びかけたジェームズに軽く返事して、 チェスで一戦交えた彼らは席を立ってソファへやってきた。 ソファに身を沈める前、鳶色の君はジェームズに「やってくれるじゃない」と言って、 背筋の凍るような黒々とした笑顔を惜しげもなく向けた。 ジェームズもジェームズでそれに屈することなく「まぁね」と不敵に笑う。 その傍でとシリウスの黒髪コンビは、 今テーブルに広げられているお菓子のことでやかましく口論していた。
そこへ居残りに数時間費やしたピーターがタイミングよく帰ってきた。



「「「「ピーター、お帰り。」」」」



一斉に声を揃えて歓迎されたピーターは、びっくりして一瞬返事を忘れてしまったようだったが、 恥ずかしそうにもじもじしながら、「ただいま」と口の中でもごもご言った。
5人がテーブルを囲んでしばらくすると、まるで何事もなかったかのように 絶え間なく笑い声が聞こえてきくるようになった。




そうやって彼らの日々は綴られていく。
たとえ互いの関係が変わっていったとしても、 きっと同じように、ずっと。









47 思案 *
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