確か冷たい風が容赦なく吹き付けるような季節だったと思う。


「つまりは、僕は完全無欠ってことさ!」


その言葉はシリウスには「バーカ、」とだけで終わらせられてしまったのだけれど。
人混みの真ん中、張り出された順位表の"1"の数字の隣にはいつもと変わらず僕の名前がある。雨音が、響く。
なぜかとても空しくなって、空を仰いだ。見えたのはただの高い天井だった。


「何も恐れるものなんてないよ、」


せめて空が、あの青い広い空が見えれば、とどれほど願ったことだろう。

(…僕にはどうすることもできないけれど)

伸ばした手は何もつかむことなく、ただ、ただ握り締めるだけで。















「君は、大バカだ!」


彼女は、びくりと肩を震わせる。思ったよりも大きな声が出てしまって自分でも少し、驚いた。
ざああ、と派手に音を立てて、談話室の窓を水滴が滑ってゆく。


「…わかってるわよ、そんなこと」

「いや、分かってない!」

「どうせあたしは大バカですよ」


彼女が動くたび、滴る、水滴。窓は開いていない。真っ赤な絨毯に染み込んでゆく、それは間違いなくの自慢の髪から滴るものだ。
拗ねたようにして頬を膨らませると、彼女は言う。「だって、」…だって、も何もないだろう!
濡れたまま引きずられてゆくローブ。相変わらず滴り続ける水滴に、慌ててそれを追いかける。


「ちょっと止まって、


ローブからすばやく杖を出して、大分前に習った呪文を、ぽそり、呟いて腕を振る。
その軌道が綺麗な円を描けば、彼女の濡れていた髪も服も綺麗に乾いた。
久しぶりに唱えた気がする、この呪文がまさかシリウスの無茶なクディッチ練習の後や、リーマスが紅茶を零したとき以外に役立つなんて。


「ありがと、」

「なんで早くかけなかったの、呪文」

「杖忘れちゃったのよ、寮に」


彼女は、再び歩き出す。
こつこつ、こつ。響く足音。遠ざかる背中に、感じたのはどうしようもない焦燥とはがゆさ。
消えてしまいそうだと思わせるほどに、それは儚い。
儚い、と思ってしまうまでに、なぜ、僕はなにもしないでいた?


「ジェームズ?」


思わずその腕をとって、抱き寄せる。なんてつめたい。
ざあああ、とまた耳につく雨音。うっとおしいと思った。今聞こえるのは彼女の心臓の音だけで良い。
腕の中できっと彼女は、眉を顰めているんだろう―それでもいい。生きていると、そう確信させて。


「ねえ、箒を持ってこんな天気の中どこにお出かけだったの、お嬢さんは」

「あのね…」

「心配、したんだ」


震える唇で伝えた言葉を、どう感じるのだろうか。彼女は何て返すだろう?
僕の予想ではきっと、笑顔で「ウザイ」、怪訝そうに「熱でもあるの?」、大穴で笑顔で「うれしい、心配してくれたのね!」のどれかだと思う。
そしてエルボーか踵落としでも食らわせてくれればいつもの彼女なのだけれど。ちなみに僕的な希望は最後のだ。
彼女の冷えた肌は少しずつ温まってゆく、は何も言わずに僕に抱き締められているばかりで。

誰もいない静まり返った談話室に響く、心臓の音。
ぎゅう、と抱き締め返す少し冷たい腕は紛れもなく、彼女のもの。

ただ空に、触れてみたかったの

僕にしか聞こえないほど小さな声で呟かれた言葉に反応した、あの頃の僕。
諦めかけた気持ちを、きっと彼女も知ってる。


「ジェームズ、」


回した腕を離して。


「ごめんね?」


全然申し訳ないなんて思ってなさそうな顔で、にこり、極上の笑みを浮かべてみせる。
眩暈がした。雨はまだ降り止む事を知らないように、降り続ける。
彼女が離れてしまったからか、僕の体温は下がっていた。首から上だけは妙に熱いから、熱があるのかもしれない。


「…知ってるんだろ、」


肯定も否定もせずに、また綺麗に微笑んで。
「行こっか、」取られた手に、安心してしまったのもまた事実だから。

(この手は、空に触れたんだろうか)



ゆっくりと温かく響く音に混じってゆく雨音すら心地よく感じながら、握り返した手は、涙が出そうなほど温かかった。



弱点
(知ってるんだろ、君が居なくなるのを恐れていることも、そんな顔されたら僕が何も言えないことも、全部)









45 弱点 * 蒼瀬ユウ
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