| 下には、夢小説があります。 悲恋や暗い話、死ネタなどが嫌いな方は、お読みにならないことをおすすめいたします。 |
26.約束 君が、僕との約束を覚えてくれていた。 それが嬉しいよ━━ 「時間通りだ」 ジェームズがそう言って顔をあげると、彼女は腰に手をあて少しムッとした表情をしてみせた。 「昔から時間には正確よ私」 遅れたことなんて一度もない。彼女はそう言いたげな表情をしていた。表情から言葉を汲み取れるのは、やはり長い付き合いだからだろうか。経験からと言ってもいいのかもしれない、なんせ彼女は待ち合わせに一度も遅刻したことはないのだから。いつも、決めた時間丁度に、彼女は僕の前に姿を現した。 「時間よりも、僕は君が約束を覚えていて、ここに来てくれたことに驚いたよ」 「それは私の台詞。前の約束のときは、約束をすっぽかして悪戯してたあなたが、ちゃんと約束の時間を守ってここにいるんだから、驚きだわ」 それを言われると耳が痛いね。ジェームズは、そんなことを言いながら立ち上がった。 立ち上がると、ジェームズよりも背の低い彼女が視線を上げ、ジェームズを見上げる形になる。 「今日は、あの日とは正反対ね」 「またその話かい?」 「何度でも言ってあげるわ。ジェームズ・ポッターが、私との約束をすっぽかして悪戯にあけくれていた日よ」 「・・・・・・」 わざと抑揚をつけて、少し大きな声では言ってみせる。それを聞いて、ジェームズは苦笑した。 そう、彼女との約束を、彼は一度だけすっぽかしたのである。その一度が大切だったことに、彼はあの日気づいていなかった。 「後悔してるよ。なんで行かなかったんだろうってね」 「当たり前よ。後悔してなかったら一発ひっぱたいているところよ」 「もう叩いただろう、約束をすっぽかした日に。あれはきいたよ・・・」 「すっぽかした方が悪いのよ」 彼女は眉間に皺をよせて、ジェームズを少し睨んだ。ジェームズは、やれやれといった表情で、空を見上げる。 今日の空は快晴。あの日のように雪は降っていない。 月日は同じであるにも関わらず、あの日と今日では、様々な点が違っている。 「リリーは元気?」 彼女の質問が聞こえたため、ジェームズは視線を空からに移す。こちらの表情を窺う彼女の姿に、少し口元が緩んで笑みが出る。 「とても元気だよ。2人分栄養とらなきゃって言って、毎日大量にご飯を食べるくらいにね」 「それって・・・子供が生まれるの?」 「ああ」 ジェームズの言葉に、の表情が明るくなり、彼女は満面の笑みをみせた。 そっか、子供が生まれるんだ。と、手を叩いて、自分のことのように嬉しそうに笑う彼女の姿を見て、ジェームズは微笑ましく思った。 「君が喜んでたって、リリーに伝えておくよ。ものすごく喜ぶだろうから」 「会いたいな・・・」 「会いたいときに、会いに来ればいい」 「いいの?」 「君なら、僕も彼女も子供だって大歓迎だよ」 ジェームズの一言一言を彼女は真剣に聞き、嬉しい言葉には素直に反応し、笑みをこぼす。怒ってみせたり、こちらを窺ってみたり、笑ってみたり、くるくる表情が変わる彼女から、目を離すわけにはいかなかった。 「それで、今日は何の用?」 話を切り出したのは、彼女のほうだった。そう、今日の約束を持ちかけたのはジェームズの方なのである。 「あの日僕が言った言葉、覚えてるかい?」 「当たり前でしょう。そうでなきゃ、ここにいないわ」 「・・・僕は何て言った?」 「“5年後の今日、今日と同じ時間。いつもの場所で待ってる”って。私が、どうせまた忘れるでしょうって言ったら、“忘れない、君が来るまで僕は待ち続けるよ”って言ってたわ」 「ご名答」 一言一句間違えずに、ジェームズのものまねをしながら台詞を述べたを見て、ジェームズは手を叩きながらそんなことを言った。すると、はそれが少し気に入らなかったようで、馬鹿にされてるみたいだわっと、そっぽを向いてしまった。 「あの日の僕は、たしかに君との約束を破った。馬鹿だね・・・」 あの日僕は、彼女との約束の時間に、この場所へは来なかった。彼女と会うときのお決まりの集合場所であるこの場所に。あの日は雪が今日とは違って、雪が降っていた。それでも僕は、彼女との約束を守るために、雪の中外に出ようとしていた。 彼のせいにするわけじゃないが、その時シリウスがそんな僕を見て、僕を止めた。 「こんな雪の日に待ってる馬鹿はいねーよ。一回くらい約束をすっぽかしてもいいだろ。だから、昨日作ったこの爆弾をフィルチにためしてみようぜ」 そんな誘いに、あの日の僕はのってしまったのだ。雪の中、彼女が外で待っていたにも関わらず。 『ジェームズ・・・今日の16時に、いつもの場所に来て』 あの時の僕は、彼女のその言葉を軽くうけとめていた。いつもの校内デート。そのくらいにしか考えていなかったのだ。でも、今考えれば、約束などせずとも僕らはいつもあの場所に行っていた。そんな中指定された日時、それが重要だったのだ。 約束をすっぽかした僕は、雪のせいで寝込んだ彼女の見舞いに医務室に行き、そこでビンタと別れを告げる言葉をもらった。 「たかだか一度約束を破っただけで別れるなんて、ひどいと思ったよ」 「・・・・・・」 「約束は突発的なものだったんだ。5年たてば君の気持ちも落ち着くかと思ってね。でも君は、あれ以来僕への態度を変えて、どんどん離れて行った」 は、先ほどそっぽを向いたときに、ジェームズに背中を向けた。そのため、ジェームズはの表情を見る事なく、彼女の背中を見つめながら、話を続ける。 「僕は、君が僕をふったのだからと・・・半ば君へのあてつけのような形で、人を愛し始めた」 誰でもよかったわけじゃない。ただ、君といつも一緒にいた彼女が、僕には印象的だった。 「最低な奴だよ・・・」 今考えれば、なんてことをしていたのだろうかと、頭が痛くなる。でも僕は・・・。 「でも・・・、本当に好きになったんでしょうリリーのことを。たとえ最初が私へのあてつけだとしても、今のあなたはリリーを心から愛してる。良い事だと思うわ」 体を回転させて、彼女はこちらを振り向いていった。柔らかな、あの頃僕に向けられていたような笑みが、今の僕に向けられる。 「5年は長かったね・・・すぐに言うべきだった」 もう理由は聞かない。でも、言わせて欲しい。 「ごめん・・・謝っても謝り足りないけど、僕は君に謝りたかった。・・・ごめん」 「馬鹿だね・・・謝る必要なんてないのに」 クスクスと声をだして笑う彼女、でも表情は苦笑いだった。手を口元に持っていき笑っていた彼女は、やがて静かになり、視線は僕を捕らえる。 「馬鹿って言ったら、私も馬鹿なんだけどね。・・・あの日私は、簡単な賭けごとをした・・・」 「・・・賭け?」 「そう。この雪の中ジェームズが約束を守ってくれたなら、想いを全て伝えようって。これが勝ち」 「結果は・・・?」 「惨敗かな。風邪はひくし、すっぽかした理由は悪戯だし、手は痛いし」 手を開いて、彼女はパタパタと振って見せた。たしかに、あのビンタは彼女の手も痛かっただろうと、ジェームズは思い出しながら考えていた。 乾いた音と共に、突如別れは告げられた。 「もうジェームズなんて知らない!別れるわ」 何度言っても彼女は聞かず、言い訳すら聞いてもらえなかった僕は彼女に言った。 「わかった。ああこれで清々したよ。これで僕もシリウスみたいに女の子と気軽に付き合える」 そんな僕の言葉に、彼女は布団を被って、「顔も見たくない」と言ってきた。 「泣いてたんだね・・・」 「誰かさんがひどいことを言ってくれたから」 クスッと、軽く彼女は笑った。 「・・・僕も泣きたいよ・・・」 この気持ちをどう処理すればいいのだろうか、まさか彼女が今日来てくれるなどとは、思っていなかった。 あんなひどい仕打ちをした僕に、会いに来てくれるはずがないと決め付けていたから。 でもどこかで、彼女に会いたい僕の心が、優しい彼女のことだから来てくれると囁いていた。 「僕は、君が約束を覚えていてくれて、ここに来てくれて、嬉しいよ。でも・・・こんな気持ちになるなら・・・会わないほうがよかった・・・」 僕は何を言っているのだろうか。顔の表面の感覚が、僕が笑いながらその言葉を言っていることを告げていた。でも、笑っていても、彼女から見れば苦笑いだったのだろう。僕が見つめる彼女は、僕の言葉に一瞬驚き、そしてまたあの柔らかい笑みで言う。 「・・・ごめん・・・」 「どうして・・・言ってくれなかったんだ・・・」 「・・・ごめん・・・」 「・・・どうして・・・」 ずっと、僕は壁にもたれかかって話をしていた。そうしないと、僕の体は重力の重みに耐えかねて、地面とくっついてしまいそうだったから。でも、壁にもたれかかっていても、支えられないくらい僕の体は重力を感じていた。 ずっ・・・ず・・・っと、壁に背中をこすりつけながら、ジェームズは姿勢を崩していく。崩れ落ちて、うつむくような形でジェームズは座り込んだ。 彼女がそれを見て、ゆっくりとジェームズの方へと近づいてくる。 ジェームズが顔を上げると、の手が伸びて、ジェームズの頬をかすめた。 「・・・・・・」 ジェームズは重力に逆らって、手をあげる。そして、彼女の腕を掴んだ。 不思議と、涙は出てこない。悲しくて、歯がゆくてたまらないというのに。 「僕は・・・もう君に触る事すら出来ない・・・」 掴んだはずの腕は、感触も何もない。目の前にいる彼女の体は透き通り、先が見える。 彼女は、もう生きていない。 思い出されるのは、彼女との会話の断片である。祖母も、母も、同じ病で倒れたと昔彼女は言っていた。 若くして亡くなった2人と、同じ病気かもしれないと、彼女は何度か口にしていた。僕はそんな彼女に「大丈夫だよ」と気休めな一言をかけていただけだった。それが現実になるなどと、現実になったなどとは、微塵にも考えたことはなかった。 けれど、現れた彼女を見てすぐに分かった。彼女の容姿は、あの頃と変わっていなかったから。別れを告げられた後、一年ほどして彼女はホグワーツを去ってしまった。思えば、丁度四年前の今頃見た彼女が、生きた彼女を僕が見た最後の瞬間だったのだ。 は、触れることの出来ない手を下げ、ジェームズの前に座り、ジェームズを見た。 「・・・私ね、最初は後悔したの。どうして自分の中で決めた賭け事で負けたからって、別れなきゃいけなかったんだろうって。でもね、今は良かったと思ってるわ。結果としては実は賭けには勝ったみたいだし」 「・・・」 「だって、ジェームズとリリーが結婚して子供が生まれるなんて、こんな嬉しいことないじゃない。あなたが幸せで、リリーも幸せで、私も幸せだわ」 何よりも好きだったのは、彼女が僕に見せる満面の笑顔だった。 昔も今も、彼女は何も変わってはいない。あの頃のまま、僕に笑顔を見せる。 「私はあなたに会いに来てよかったと思ってる。あなたに会えて、あなたに言いたかった言葉がやっと言えるから」 ジェームズは呆然とを見つめていた。は、やはり満面の笑みでジェームズを見つめる。 「楽しい時間をありがとう」 「僕は何もしていない・・・」 「ううん。ジェームズとの思い出は、素敵な思い出ばかりだから。思い出は一人じゃ作れないもの。だから、素敵な思い出を一緒に作ってくれて、私と同じ時を過ごしてくれて・・・ありがとう」 そういうと、彼女は立ち上がり、ジェームズに満面の笑みを見せた。その笑みが、お別れだと告げているようで、胸が苦しくなる。 僕には言わなければいけないことがある。 「・・・」 「うん?」 「君にずっと言いたかった言葉があるんだ」 付き合い始めてからも、その前にも言ったことのない言葉。幼馴染の君には、ずっと照れくさくて言えなかった言葉。 「僕は君を愛してる」 「・・・ジェームズ・・・」 「僕がはじめて人を好きになったのは君で、はじめて自分の力で幸せにしてあげたいと思ったのも君で、はじめてキスをしたのも、はじめての友達も、全て君だ」 「・・・私も同じよ」 彼女は嬉しそうに笑った。君が笑ってくれたことが嬉しくて、やはり僕も笑った。 「もう行かなきゃ・・・」 苦笑する彼女を見て、僕は思わず立ち上がり、彼女の元へ向かう。行かせたくなくて、腕を掴もうとするが、やはり掴むことは出来なかった。 「・・・ねえジェームズ」 「・・・なんだい?」 「約束して。私のところへは来ないって。約束してくれたら、あの日約束をすっぽかしたことは許してあげる」 「まだ許してもらえてなかったのかい・・・?」 「当たり前でしょう」 軽く彼女は笑うと、まっすぐな瞳でジェームズを見つめた。 ジェームズは、軽く頷く。 「約束するよ」 その言葉に、彼女はニッコリと笑った。 ジェームズは、彼女の傍により、手を広げた。触れないのはわかっている。でも抱きしめたった。 彼女がいる場所の空気をジェームズは抱きしめる。たとえ感触がなくとも、たしかに彼女はそこにいるから。 も、ジェームズのほうへ少しより、胸にもたれかかるように、ジェームズの腕の中に包まれた。 少しだけ、あの頃の時間が戻ってくる。ふと彼女を見ると、彼女は腕の中でまた満面の笑みを見せた。僕が好きだったあの微笑を。 「ジェームズ」 彼女が僕の名前を呼ぶから、僕も彼女の名前を呼ぶ。 「」 呼べば呼ぶほど近くに感じられるから、何度も何度も君の名前を口ずさんだ。 そして、ゆっくりと、ゆっくりと顔を近づけて、彼女の唇にキスをした。 「約束・・・守ってね」 薄れ行く君は、僕に最後の言葉を述べる。 「ジェームズ・・・あなたが私を想ってくれていたように、私もあなたをずっと想っていたわ。でも・・・まだ、言ったことなかったね」 「・・・」 咄嗟に君の名前を呼んだ。君が見えなくなったから。 何もなくなった空間に、君の声が響く。 『ジェームズ、大好きよ』 「・・・ごめん」 「・・・ありがとう」 「、愛してる」 君の名前を呼びながら、君への想いを、姿の見えない君に向かって投げかける。 あの日と違って、雪の降らない快晴の日、でも僕の顔には生暖かいものがつたっていた。 彼女がいなくなっても、時は無常に過ぎていく。 そして、気がつけば子供は1歳になっていた。 ━━10月31日 「・・・僕は・・・まだ死ぬわけには行かないんだ」 ━━約束したんだ・・・彼女と。 ━━今度こそ、守らなければいけないんだ。 「・・・」 ごめん。僕は君との約束を、また破ってしまった。 |